サン・ピエトロ大聖堂

Photo by Espada Din

知っておくとヴァチカン観光が100倍楽しくなる!サン・ピエトロ大聖堂にまつわるエピソード6選

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ヴァチカンに観光に行く場合、100%の確率で訪れる「サン・ピエトロ大聖堂」。

その歴史を知っておくと観光が何倍も楽しくなりますよ♪

1.現在のサンピエトロ大聖堂は2代目

サン・ピエトロ大聖堂

Photo by N i c o l a

サンピエトロ大聖堂は、もともと聖ペテロの墓地の上にたてられており、現在のものは二代目。老朽化が激しかった1代目のサンピエトロ大聖堂を建て替える計画が出たのが、1499年、教皇アレクサンデル6世のときでした。

その後、

アレクサンデル6世(建て替えを計画)

ユリウス2世(ブラマンテによる集中式、ギリシア十字形プラン)

レオ10世(ラファエロによるラテン十字形プラン)

ハドリアヌス6世(建設を進めず)

クレメンス7世

パウルス3世(古代ローマ遺跡を破壊し、建設を進める)(サンガッロによる折衷的プラン → ミケランジェロによる集中式プラン)

と次々とローマ教皇が変わり、それに合わせてプランもさまざまに変更されていきました。
現在のサン・ピエトロ大聖堂は、ほとんどミケランジェロの手によるものです。

2.建物建築に120年、周辺整備や装飾にさらに50年が費やされた

理由1:次々と、建築に関わる人が亡くなった

計画を始めたユリウス2世は、起工式典の6年後に、ブラマンテはその2年後に亡くなっています。この時点で建設は4本の柱とアーチのみ。ほとんど建築が進んでいない状態でした。

続くレオ10世とラファエロの時代も、ほとんど計画が進んでいない状態で、ラファエロがわずか37歳の若さで亡くなりました。レオ10世もラファエロの死去の翌年に亡くなっています。

ちなみにラファエロは若くして亡くなっていますが、これはサン・ピエトロ大聖堂にまつわるミステリーでもなんでもなくて、モテ男だったラファエロは、女遊びが激しく、その結果病気にかかり、亡くなっているそうです・・・。もし、ラファエロが長生きしていたら、サン・ピエトロ大聖堂は今とは全く異なる姿だったかと思うと面白いですね。

このように、計画に関わる重要人物が次々と亡くなったことも建設が進まなかった理由の一つです。

理由2:資金不足や政治的対立でなかなか建築が進まなかった

レオ10世は 「3代の教皇の収入を1人で食いつぶした。」と言われるほど、放蕩を重ねました。

この浪費が、財政の圧迫、政治的混乱そしてカトリック離反を招いていました。

資金不足に陥ったため、レオ10世が販売を認めた「贖宥状」。そしてこれが、ルターの宗教改革を引き起こします。

ルターの宗教改革やカール5世のローマ劫掠により、大聖堂建築どころではなかったイタリア。(ローマ劫掠では、建設中だった大聖堂にもドイツ軍の手が及び、古文書や文献が盗まれてしまう被害に遭っています。)

国内がひっちゃかめっちゃかな状態で、建築は全然進みませんでした。

3.フォロ・ロマーノやコロッセオの石が使われている

コロッセオ イタリア

photo by Javier Vieras

サン・ピエトロ大聖堂の一部には、フォロ・ロマーノやコロッセオの石が使われています。

これを進めたのが、パウルス3世。資金不足から建設が進まなかったサン・ピエトロ大聖堂ですが、パウルス3世は何とか建設を進めようと、スペインからの拠出金を流用したり、免罪符で資金を集めるなどし、建設費を用意します。

そして、資材を古代遺跡から調達することにします。古代遺跡にはすでに形の整った石が大量にあるわけで、これを使えば山から石を切り出してくるのの何倍も速く建設は進みますよね。

しかし、これによって古代ローマ遺跡は破壊が進み、19世紀に保存の動きが進められるまで、破壊が続きました。(現在のコロッセオ、フォロ・ロマーノの朽ちた姿は、長年の浸食による破壊ではなく、人の手によるものが大きい。)

4.ミケランジェロが無給で17年間、大聖堂のために働いた

ミケランジェロ

建築が大幅に進んだのが、パウロス3世、ミケランジェロの時期です。それまでは、様々な問題によってほとんど進めることが出来なかった建設も、ミケランジェロがプランを大幅に変えることでようやく進み始めます。その前のラファエロが考えていたプランは壮大すぎて、資金面でも建設が困難でした。ミケランジェロは建物の輪郭を縮小したプランにし、建設費を切り詰めることに成功!

そして何より、ミケランジェロ自身が17年間も無給でサンピエトロ大聖堂のために働いたのです!

ミケランジェロは、数ある芸術家の中でも創作への情熱が熱く、決して妥協を許さない精神、そして何よりも頼まれた仕事をやり遂げる責任感にあふれていました。(システィーナ礼拝堂の天井画の際も、文句を言いながら天井画を仕上げています。)

ちなみに、ミケランジェロ案には、反対派がいましたが、超人的な能力をもってして迅速に建設工事を進めていきました。

ミケランジェロがすごいのは、単に芸術家美術家としての腕だけでなく、他の人が困難な計画をも、圧倒的な能力で進めていくことが出来る点です。彼の残した業績は大きい。

そのおかげで今のサン・ピエトロ大聖堂があります。

システィーナ礼拝堂
【美術史裏話】ミケランジェロはシスティーナ礼拝堂の天井画を嫌々描いていた?!!

ミケランジェロを抜きにしてヴァティカン芸術は語れないくらい、彼の存在は大きいものです。 今回は、知っておくとヴァティカン観光が20倍楽しくなるミケランジェロの人間ドラマのエピソードについて紹介します。

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5.手前の広場は「母親が手を差し伸べているように見える」よう設計されている

サン・ピエトロ大聖堂

Photo by Perica

サン・ピエトロ大聖堂の前には大きな広場がありますよね。これは、イタリアの巨匠ベルニーニが手掛けたものです。

サンピエトロ大聖堂は、エレベータもしくは階段で屋上に登ることができ、ここからこの楕円形広場を見渡すことが出来ます。

ここからは、ベルニーニが意図した「母親が手を差し伸べているコロネード」の全体像を見ることが出来ますよ。

6.サン・ピエトロ大聖堂を観光するとかかる病がある!?その名も「スタンダール症候群」

サン・ピエトロ大聖堂

photo by Gary Ullah

サン・ピエトロ大聖堂を観光中に多くの観光客が同じ症状に見舞われるといいます。

これを、フランスの作家スタンダールの名にちなんで「スタンダール症候群」と言います。

症状は、眩暈、頭痛、動機、焦燥感など。

原因は、サン・ピエトロ大聖堂の余すことなく美しい姿を目にとどめようとする強迫観念から引き起こされるものであるとか、高い美術品を見上げる姿勢をとり続けることによって、眩暈や吐き気、失神が引き起こされるという説もありますが、解明されていません。

しかし、この症状に見舞われる観光客が西ヨーロッパが多いことが知られており、イタリア人、アメリカ人、日本人にはほとんどいないそうです。不思議ですね。

サン・ピエトロ大聖堂
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