【美術史裏話】ミケランジェロとユリウス2世の面白い関係

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システィーナ礼拝堂の天井画と壁画はユリウス2世がミケランジェロに依頼しました。

この依頼を通じて二人の関係が見えるエピソードがあります。

ユリウス2世は、ミケランジェロにとって最大のパトロン

波乱に満ちた二人の関係

10年間に及ぶ教皇在位期間に、ユリウス2世はミケランジェロにとっていくつかの重要な仕事を依頼しました。しかしどちらも意志が強く頑固な人間同士であったため、二人は波乱に満ちた関係だったようです。特にユリウス2世は「多くのものから嫌われ、すべてのものから恐れられていた」人物だったそうです。

サン・ピエトロ大聖堂を巡り大喧嘩

ユリウス2世は自分の墓廟の制作をミケランジェロに依頼します。

依頼を受けたミケランジェロは、構想を実現することに燃え、カッラーラで大理石の切り出しに熱中して過ごしました。

その一方で、なかなか具体的な成果が上がらないことにじれた教皇は、聖廟への興味を次第に失って行きました。

ミケランジェロが壮大な構想を実現させようと希望に燃えてローマにもどった時、教皇は彼に会おうともしませんでした。ミケランジェロは怒りを覚え、新しいサン・ピエトロ大聖堂の定礎式の前日をわざわざ選んで、その日にローマを去っています。フィレンツェに帰ったミケランジェロに対し、ユリウス2世も激怒しましたが、使者を送り、「是が非でも戻るように」と命じました。

喧嘩別れののちにミケランジェロが折れる形で仲直り

結局、ミケランジェロは命令に従い、ローマにもどります。教皇のところに行くときは、自ら首に縄を巻き付けて従順を示しました。(伊達政宗の死装束のパフォーマンスのようですね。)

ちょうどボローニャを征服したばかりで寛大な気分になっていた教皇は、ミケランジェロにブロンズ彫像の巨大な教皇像を依頼してこれに報いる形を取りました。

そんな関係の二人でしたが・・・

教皇ユリウス2世は、ミケランジェロのたぐいまれなる才能が早々にこの世から消えてしまわぬように、彼の命を永らえるためなら自分自身の命や体の一部を差し出すのもいとわないと常々言っていたそうです。

また、ミケランジェロの遺体を作品と同じように永久なものとするために、彼の死後防腐処理することまで望んでいました。

結局、ミケランジェロはユリウス2世よりも長生きし、88歳でこの世を去りました。

システィーナ礼拝堂の天井画と壁画の完成

ミケランジェロの才能を評価し、歴史に残る作品を依頼したユリウス2世と、他でもないユリウス2世からの依頼であったためやり遂げたミケランジェロ、互いの関係があってこそシスティーナ礼拝堂の世紀の作品が生まれたのです。

最後に

歴史にもしもはありませんが、「もし」ユリウス2世が仕事を放棄したミケランジェロを引き留めずに別の人に依頼していたら、システィーナ礼拝堂は今の姿ではありませんでした。

そう思うと、粘ったユリウス2世グッジョブです!

アイキャッチ画像 Photo by Jörg Lohrer - Die Erschaffung Adams - Michelangelo

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